「緋連国鬼記」

俺様の任務!



 こうなったら、琉瑠にはなんとしても危機にあってもらって、それを華麗に助けて黎影に認めてもらうしかない。

 黒琳は悩んでいた。黎影の命令とはいえ、いつまで琉瑠なんかの護衛をしなければならないのか。
(王城から戻って来たら、さすがにその任務からは解放されると思っていたのに! その気配もない)
 これは新入りの自分を試しているに違いない。そう思って我慢していたが、そろそろその我慢の限界である。
「さて、どうしたものか」
 黒琳は独りごちながら、学舎のすぐ脇にある小道を歩いていた。木枯らしが吹き、身を切るような寒さの中だが、黒琳はまるでそんなことは気にならなかった。
(こんな優秀な護衛である俺が、どうして黎影様の護衛につけないのか!)
 納得がいかなかった。
 自分が護衛になったら黎影の護衛は更に強固なものとなり、黎影に危害を加えようと企む者すらいなくなるだろう。
(これは黎影様のためなのだ! 許せ、琉瑠!)
 こうして黒琳はずっと企んでいたことを、行動に移すことにした。

 そして半日後、黒琳は学校の裏手にある倉の前に立っていた。
 そこは長年使われていない倉だった。生徒が出入りできないように鉄製の錠前がはめられていたが、そんな鍵など、柳一族の鬼師とっては、ただの飾りのようなものだった。
 ここに琉瑠が監禁されているはずだ。
 どんな優秀な者たちが集まる学校でも、落ちこぼれで素行の悪い者はいるものである。
 授業にも出ずに学舎の裏に集まって座り、だらだらと話していた者たちを捕まえて、金を渡し、琉瑠を攫ってここに閉じ込めてくれと頼んだのだった。
 自分でやっても良かったのだが、護衛としては未熟なくせに妙に鋭いところがある琉瑠には、どんなに変装しても……黒い覆面を被っても、妙な仮面をつけても、自分と気付かれてしまうかもしれない。それでは意味がないのだ。
 琉瑠には、
『正体不明の者に攫われて倉に突然閉じ込められて、心細い思いをしているところを、黒琳に華麗に助けられた。黒琳こそ黎影様の護衛として相応しい者に相違ないわ! きゃー、カッコいい』
と、証言してもらわないといけないのだ。
(うむ、我ながら完璧な作戦だ!)
 フッフッフ、と不敵な笑みを漏らしながら、琉瑠が監禁されているはずの倉の扉へと手を掛け、そして一気に扉を開け放った。
「無事か、琉瑠! 俺が助けに来てやった……ぞ?」
 そうして、思ってもいなかった光景が広がっていることに唖然として、その場に立ち尽くす。
「……あら黒琳。どうしたの?」
 扉が開いた音に気付いたらしく、こちらを振り向く琉瑠の姿がそこにあった。
 おかしい、琉瑠は今、手足を縛られて身動きが取れず、心細くこの倉に閉じ込められているはずなのに。
 そう思いながら瞳を巡らせると、なんだが奇妙なものがあるのに気付いた。
 そこには縄でぐるぐるに巻かれ、梁から吊されている男達の姿があったのだ。あれは……黒琳が琉瑠を攫うようにと頼んだ男達だ。
 彼らは涙目で、黒琳のことを見ていた。
 これは一体どういうことだ?
 状況を把握するより前に、琉瑠が気合いを入れるように服の裾をまくった。
「ちょっと待ってて。今、私を攫ってこんな倉に監禁しようなんて企んだ首謀者を吐かせるところだから!」
 そう言いながら吊されている男たちの前に立ち、彼らを見上げて不敵に笑った。
「……私を攫おうなんていい度胸をしているわ。本当はいくらでも逃げられたけれど、あなたたちを逃していけないと、この倉まで付き合ってあげたのよ。」
 そう、すっかり忘れていたが琉瑠は柳一族の鬼師なのであったのだ。なんの訓練も受けていないごろつきが束でかかったとしても、負けるはずがなかった。
 そして、間の悪いことに黎影もやって来た。
「琉瑠、捜したぞ。今日は一緒に町に出る約束をしていたはずだが……一体こんなところでなにをしているんだ?」
 よく分からないが、黎影はなぜか常に琉瑠の行方を気にしているようなのだ。きっと琉瑠がなにか失敗をしていないか気にしているのだろうが、主に心配をかけてしまうなんてそれだけでも琉瑠は護衛として失格である。
「そして黒琳、お前はどうしてここに居るんだ?」
「え?」
 黎影に問われ体が硬直しまい、すぐに言葉が出てこなかった。
「……ん? どうした? なんだかお前、様子がおかしいぞ」
 黎影に疑いのまなざしを向けられ、黒琳はぎゃっとその場で飛び上がりそうになった。
「お、俺様は琉瑠の危機を察してここへやって来て……」
「全く危機に遭っているようには見えないがな」
 その通り。
 琉瑠は瞳をきらきらと輝かせながら、自分を攫ってきた男達に迫っている。
「黎影の護衛をしているのはいいけれど、こういう機会がなくってうずうずしていたのよね! もし黎影に危害を加えようなんて者がいたときに詰問する、いい練習になるわ。覚悟しなさいね!」
 男達は琉瑠の迫力に押されていて、そんなにはりきらなくてもすぐに吐いてしまいそうだ。
「おい琉瑠、よく事情が分からないがほどほどにしておけ」
「黙っていて、黎影! 私が攫われたのだから、私の問題なんだからね!」
 よく意味が分からない。
 この後、すべての企みを暴かれた黒琳が、ふたりに酷い目に遭わされたのは言うまでもない。

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